予定日まで残り1ヶ月を切りました。
これまであんまり実感が湧かなかったけれど、最近、仕事中に携帯が鳴ると、「もしかして生まれた?」 と、思ってしまう。それで携帯を見て、ぜんぜん別の仕事の電話番号で安心したりする。
そんな簡単なものではないのかもしれないけれど、楽な出産であってほしい。間違っても立会いはしません。
2011年10月20日木曜日
2011年10月19日水曜日
2011年10月16日日曜日
かかみ野MTBフェスティバル
今はJのようなガチンコのレースに出るほど調子が良くないので出てみたけれど、久しぶりに会う方々も多くて、なんだかそれだけで嬉しくなった日でした。Jのガチンコな雰囲気もいいけど、たまには地元のレースも和やかでいいですね。
レースのほうは、3時間耐久。
始まってしばらくすると、前にあの雷太さんを発見!!これはめったにない機会と思い、ずうっと後ろを走らせていただいた。私が付いていけるぐらいだから、上りも下りもコーナーも、流石!なーんて思わせられる速さはなかったけれど、上りのフォームがすごくきれいでずっと観察してました。誰でも多少は体の左右で力の入れ方や動きに癖があったりするものだけど、ぜんぜんぶれないし、無駄な力が入ってないのが見ててわかるから、ここは流石!と見とれてました。 あんまりぴったり張り付いていたから嫌がられたのか、1周したところで先に行けと手で合図を出されてしまった。
ここから先行しているカツラさん、飼い犬さんを追うことに。ただし、3時間のレースなんて無駄な力を使ったら最後までもたないとわかっていたので、とにかく省エネ走行を心がけ、ときどき飼い犬さんのオレンジのジャージが見えて近づいたり離れたりするけど、力まないように走る。そのうち、頂上の階段を越えたSTの入り口で飼い犬さんが止まっていたので、棚ぼた的に追いつき、抜かさせてもらう。その先の下りでカツラさんも捕らえることができた。カツラさんのほうが上りは速いけれどいつもの速さではなく、下りは僕のほうが速いので、ちょっとだけ上りを頑張ってSTに先に入ってアドバンテージを作った。今日意識すべき二人を抜けたので、あとはこのままのペースで楽に走ろうと思ったけれど、これが甘かった。二人の視界から消えるくらいに差をつけとけばよかったのに、二人の視界から消えずにいたため、ペースメーカーになってしまったらしく、しばらくすると追いつかれてしまった。ボトル交換時にカツラさんに抜かれ、STで足を着いたときに足がつり、失速しているときに飼い犬さんに抜かれてしまった。このとき、1時間15分。完全にスポーツクラスの身体になってしまっている。
この後、5分ぐらいでどうにか走れるようになり、2時間30分ぐらいまでは元のペースで走れたのでもしかしたら追いつけるかもと期待していたけれど、追いつけなかった。
着順は、飼い犬さん、カツラさん、私。”この日のレースに掛ける思い”の順になった。
レースのほうは、3時間耐久。
始まってしばらくすると、前にあの雷太さんを発見!!これはめったにない機会と思い、ずうっと後ろを走らせていただいた。私が付いていけるぐらいだから、上りも下りもコーナーも、流石!なーんて思わせられる速さはなかったけれど、上りのフォームがすごくきれいでずっと観察してました。誰でも多少は体の左右で力の入れ方や動きに癖があったりするものだけど、ぜんぜんぶれないし、無駄な力が入ってないのが見ててわかるから、ここは流石!と見とれてました。 あんまりぴったり張り付いていたから嫌がられたのか、1周したところで先に行けと手で合図を出されてしまった。
ここから先行しているカツラさん、飼い犬さんを追うことに。ただし、3時間のレースなんて無駄な力を使ったら最後までもたないとわかっていたので、とにかく省エネ走行を心がけ、ときどき飼い犬さんのオレンジのジャージが見えて近づいたり離れたりするけど、力まないように走る。そのうち、頂上の階段を越えたSTの入り口で飼い犬さんが止まっていたので、棚ぼた的に追いつき、抜かさせてもらう。その先の下りでカツラさんも捕らえることができた。カツラさんのほうが上りは速いけれどいつもの速さではなく、下りは僕のほうが速いので、ちょっとだけ上りを頑張ってSTに先に入ってアドバンテージを作った。今日意識すべき二人を抜けたので、あとはこのままのペースで楽に走ろうと思ったけれど、これが甘かった。二人の視界から消えるくらいに差をつけとけばよかったのに、二人の視界から消えずにいたため、ペースメーカーになってしまったらしく、しばらくすると追いつかれてしまった。ボトル交換時にカツラさんに抜かれ、STで足を着いたときに足がつり、失速しているときに飼い犬さんに抜かれてしまった。このとき、1時間15分。完全にスポーツクラスの身体になってしまっている。
この後、5分ぐらいでどうにか走れるようになり、2時間30分ぐらいまでは元のペースで走れたのでもしかしたら追いつけるかもと期待していたけれど、追いつけなかった。
着順は、飼い犬さん、カツラさん、私。”この日のレースに掛ける思い”の順になった。
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| ドカヘル&オークリーが雷太さん |
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| レース後、泥跳ねで衣ができた |
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| 今年の親子レースのバトンはうまい棒5本 |
2011年10月8日土曜日
カーボンフレームを磨く
2011年10月5日水曜日
Inside Macintosh
スティーブ・ジョブズが亡くなったというニュースを聞いて、自分の中で忘れかけていたものがよみがえってきた。
憧れていたMacintoshでプログラムを書くことになって、買ってもらったMacintoshの解説本「Inside Macintosh」まだ、Macintosh IIciの頃。高いから1台しか買ってもらえなくて、同僚と取り合いしながらプログラムを書いていたっけ。SE/30でThink Cを使うのは画面が狭くて大変だった。そのうち、会社の大半のメンバーはゲームを作っているような会社だったから、NECのPC-9801がパソコンの主役で、GLIBを駆使していかに高速なグラフィックを扱うプログラムを書くか、そんなことに夢中だった頃だから、Macintoshのユーザーインターフェイスの解説は衝撃だった。ダイアログのボタンの配置は「OK」が右下、その左隣に「キャンセル」。ユーザはダイアログに表示されるメッセージを読まないかもしれない、そのとき一番選択肢として適切なものを「OK」となるようにメッセージは意図し、右下に配置しなさい。ユーザは反射的に「OK」を押すかもしれない。でも、プログラムは出来るだけその問い合わせを拒否できるように設計し、「OK」の左隣に「キャンセル」を配置しなさい。というふうに書いてあったと記憶している。ボタンを配置する位置のピクセル数まで決まってた。アイコンについては、アプリケーションのアイコンとそのアプリケーションが出力したデータファイル(書類)のアイコンは一見しただけに判断できるように同じデザインにしなければならない。例えば、アプリケーションにAという文字を使ったデザインにしたならば、データファイルは書類にAという文字を入れたデザインにすべきだとか。Macintoshがディスプレイがなぜモノクロなのかとも解説されていた。世の中には色盲の人もいるのだから、色で判別しなければならないアプリケーションを設計してはならないと。
その思想にいっぺんに魅了された。日本語の訳本は手あかで黒くなって臭うようになるまで読んだし、最新のInside MacintoshやAppleから入手できるDeveloper向けの書類を読むために英語を勉強した。SymantecやMetroworksからリリースされる最新の開発ツールを使いこなすためにオブジェクト指向も勉強した。
そして、Macintoshのユーザーインターフェイスガイドラインは未だに僕の中でインターフェイス設計の基礎として生きている。
僕が、ジョブズに影響を受け、その後を付いていこうとして、今の開発者としての自分がいる。いつの間にか今の職場のなかで自分の居場所をみつけるために他人の様子を窺うようになってしまっていたけれど、決して楽ではなかった道を選んできたのは、あなたと同じように革新的なものを作りたいという情熱があったからです。そうでした、忘れていました。自分は自分。他人に合わせる必要なんてないんでしたよね。
ジョブズ、あなたは私の先生であり、私の進むべき道を示してくれました。
今日までありがとう。
憧れていたMacintoshでプログラムを書くことになって、買ってもらったMacintoshの解説本「Inside Macintosh」まだ、Macintosh IIciの頃。高いから1台しか買ってもらえなくて、同僚と取り合いしながらプログラムを書いていたっけ。SE/30でThink Cを使うのは画面が狭くて大変だった。そのうち、会社の大半のメンバーはゲームを作っているような会社だったから、NECのPC-9801がパソコンの主役で、GLIBを駆使していかに高速なグラフィックを扱うプログラムを書くか、そんなことに夢中だった頃だから、Macintoshのユーザーインターフェイスの解説は衝撃だった。ダイアログのボタンの配置は「OK」が右下、その左隣に「キャンセル」。ユーザはダイアログに表示されるメッセージを読まないかもしれない、そのとき一番選択肢として適切なものを「OK」となるようにメッセージは意図し、右下に配置しなさい。ユーザは反射的に「OK」を押すかもしれない。でも、プログラムは出来るだけその問い合わせを拒否できるように設計し、「OK」の左隣に「キャンセル」を配置しなさい。というふうに書いてあったと記憶している。ボタンを配置する位置のピクセル数まで決まってた。アイコンについては、アプリケーションのアイコンとそのアプリケーションが出力したデータファイル(書類)のアイコンは一見しただけに判断できるように同じデザインにしなければならない。例えば、アプリケーションにAという文字を使ったデザインにしたならば、データファイルは書類にAという文字を入れたデザインにすべきだとか。Macintoshがディスプレイがなぜモノクロなのかとも解説されていた。世の中には色盲の人もいるのだから、色で判別しなければならないアプリケーションを設計してはならないと。その思想にいっぺんに魅了された。日本語の訳本は手あかで黒くなって臭うようになるまで読んだし、最新のInside MacintoshやAppleから入手できるDeveloper向けの書類を読むために英語を勉強した。SymantecやMetroworksからリリースされる最新の開発ツールを使いこなすためにオブジェクト指向も勉強した。
そして、Macintoshのユーザーインターフェイスガイドラインは未だに僕の中でインターフェイス設計の基礎として生きている。
僕が、ジョブズに影響を受け、その後を付いていこうとして、今の開発者としての自分がいる。いつの間にか今の職場のなかで自分の居場所をみつけるために他人の様子を窺うようになってしまっていたけれど、決して楽ではなかった道を選んできたのは、あなたと同じように革新的なものを作りたいという情熱があったからです。そうでした、忘れていました。自分は自分。他人に合わせる必要なんてないんでしたよね。
ジョブズ、あなたは私の先生であり、私の進むべき道を示してくれました。
今日までありがとう。
2011年10月2日日曜日
8900
今朝は寒くて走りにいく準備をする気にならない。昨夜の続きでヘッドセットを探していたら出かけるのが遅くなってしまった。8830には間に合わないそうもないのでノンストップで走れるメニューを考えながら走り出すと朝練を終えたhamaさんとばったり出くわした。朝からナンジャを8本も!上ってきたそうだ(笑)。来週の瀬名、頑張ってください。
ノンストップメニューとして1000ダを50分ペースで3周回るつもりでいたら、マス池の先でみんなに追いついた。30分以上も遅刻したのに追いつくなんて、みんな今日はのんびりメニューなんですね。この時点でストイックな練習メニューは破棄。自分ものんびりメニューに乗り換える。
久しぶりにみんなと一緒に走ってみてレースシーズン中のメンバーは坂道でのダッシュが速い。重いギアを踏んでなかった自分は追いてかれるけど、坂の中盤から僕の方が伸びる。最近の長距離練習の効果のようだ。
2000ダした時点で11時15分。もう1周走るかな?と思ったけれど、誰もそんなそぶりを見せず、藤棚の下にどっかり腰を下ろしておしゃべりすることにした。藤棚の店主にアイスを勧められて、みんなでアイスをかじる。夏も去りアイスの時期も終わり。
ノンストップメニューとして1000ダを50分ペースで3周回るつもりでいたら、マス池の先でみんなに追いついた。30分以上も遅刻したのに追いつくなんて、みんな今日はのんびりメニューなんですね。この時点でストイックな練習メニューは破棄。自分ものんびりメニューに乗り換える。
久しぶりにみんなと一緒に走ってみてレースシーズン中のメンバーは坂道でのダッシュが速い。重いギアを踏んでなかった自分は追いてかれるけど、坂の中盤から僕の方が伸びる。最近の長距離練習の効果のようだ。 2000ダした時点で11時15分。もう1周走るかな?と思ったけれど、誰もそんなそぶりを見せず、藤棚の下にどっかり腰を下ろしておしゃべりすることにした。藤棚の店主にアイスを勧められて、みんなでアイスをかじる。夏も去りアイスの時期も終わり。
2011年10月1日土曜日
NRS
下の弟がマウンテンバイクに乗りたいというので、NRSを実家から持ってきた。
持ってきたのはいいけれど、案外くたびれている。ヘッドセットが渋いので交換したいところだけど、合いそうなものがFSAにもCANE CREEKにも見つからない。
持ってきたのはいいけれど、案外くたびれている。ヘッドセットが渋いので交換したいところだけど、合いそうなものがFSAにもCANE CREEKにも見つからない。
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